蓬莱園。

 
高校の文化祭に行った時から、興味のわいていることがあります。
 
 
母 「どこで演奏するの?」
 
子 「蓬莱園とこ♪」
 
 
箏曲部が野外で演奏していた所、
バックに緑と池がありました。
 
 
 
 
「幹がたいそう立派で、根の感じからして古そうだなぁ…。」
 
と、気になる木がありました。
そばには燈籠がありましたしね。
 
蓬莱園 とい名前は、前々から聞いてはいたのですが…。
 
ちょっと調べてみたくなりました。
 
江戸時代、この辺りには、肥前平戸藩主 松浦氏のお屋敷がありました。
 
1632年、幕府からこの地を与えられ、別荘を造営。
 
小堀遠州に依頼して造られた庭園は、のちに『蓬莱園』と付けられました。
 
小堀遠州は、建築家、作庭家、そして茶人…、
多才な人として有名。
 
名古屋城、大阪城、二条城、…なども、手掛けているそうです。
 
 
蓬莱園は、江戸時代の三大庭園のひとつに数えられるほど 有名なものだったそう。
(ちなみに残りふたつは、六義園と後楽園です。)
 
残念ながら関東大震災で荒廃し、消滅。
 
現在は記念碑と大銀杏、池の一部だけが、高校の片隅に残っています。
 
 
 
樹齢 400年以上、
高さ 17、7メートル。
 
池の水は 上野の不忍池から注がれていたそうです。
 
回遊式の庭園で、
大池を中心に、丘を築き樹木を植え、東屋や、13基の燈籠を配しました。面積は2600坪。
 
 
蓬莱園の名残の前での演奏を…
 
自分なりの想像で、この辺り一帯にあった庭園をタイムスリップさせて 重ね合わせてイメージしたり…
 
ん~…、しみじみ…(´▽`)
 
 
真横には、生徒の行き交う渡り廊下、その向こうには校庭が広がっています。
 
校門を入ると その奥にある、蓬莱園跡…
震災も空襲も乗り越えたこの大銀杏が、そっと生徒たちを見守っているように思いました。
 
なんとも素晴らしく素敵!
 
 
私は子供の頃から、名所旧跡について知るのが好きなので(*^▽^*)
 
敷地内に『蓬莱園』の名残があることに、興味津々です。
 
写真、残っていないのかなぁ…。
 
 
なんだか、自分の住んでいる界隈の昔のことも調べてみたくなりました。
 
下谷、竜泉、根岸、…
ワクワクします。
 
台東区、いいなぁ…(´▽`)
 
 
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【2012/09/20 16:04 】 | 雑記 | コメント(0) | トラックバック(0) |
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